culture

09.03.15

ヴィンテージ・ポスター / 再会

言うまでもないことかもしれないけれど、ヴィンテージやアンティークアイテムには特別の思い入れや愛着のあるものが少なくない。

時を経てなお惹きつけられる作品や商品に魅力があるのはもちろんのこと、時間やお金、そして足を使った手間ひまのかかる買い付けであるほど、その思いも正比例して膨らんでいく。

そして困ったことに、お客さんに届けることを目的として買い付けてきたにもかかわらず、それらが手を離れていくたびに、複雑な気持ちが湧いてしまうことがあるのだ。
それもその目的が達成される最後の局面で。

もちろんモノにもよるけれど、希少なアイテムを点と点で移動させて終わらせてしまうことに、ためらいさえ感じることもある。
矛盾するかもしれないけど、ほんとうはもっと多くの人に見てもらい、楽しんでもらいたいのだ。

古物を扱う者の抱く宿命的なむなしさ、といったら大げさかもしれないけれど。
二度と同じモノに出会えないかもしれないという、やり場のない寂しさをぐっと押し込めるのだった。

好きで始めた仕事とはいえ、そこにちょっとした代償があることに気づいていなかった。


2月のある週末のこと、連休を利用して急きょ一泊旅行に出かけることとなり、ネットで宿をさがすことになった。
いきあたりばったりの急造計画とあって、アクセスの甲斐もなく、希望の宿はどれ一つ取れなかった。

やがて夜も更け、なかば投げやり気味に画面を眺めていたその時、ふとどこかで見覚えのあるヴィジュアルに目を吸い込まれた。

それは品のいい北欧家具でまとめられた、おしゃれなリゾートホテルの部屋に掛けられたポスターだった。
各々の部屋のポスターたちは、絵柄的に間違いなく、ずいぶん前に自分で買い付けてきたヴィンテージ・スイス・ポスターだったのだ。

愛情とともにお客さんに受け渡し、別れを惜しんだポスター ― 端正なグラフィックデザインがあしらわれた60's〜70'sのスイス・ポスターたち ― それらはなんとも居心地よさそうに、モダンインテリアの中に溶け込んでいた。

まさかこんなところで再会できるとは思わなかった。

今ではそこを訪れる多くのお客さんを楽しませるという、新たな役割まで担っている。
行き先での様子までは想像したことがなかったし、その見事な調和に、新鮮なよろこびと安らかな印象さえも覚えた。

そして何かが少し変わったような気がした。

けっして全てがこんなケースではないだろうし、きっとこれからも愛着をもって仕入れたモノを手放すときの寂しさに変わりはないだろう。
もちろんいつものように愛情も胸に秘めているにちがいない。
でも、なぜか前よりも少し、ポジティヴな気持ちで送り出せそうな気がしはじめていた。

こうしてこの日はキーボードから手を離し、偶然の再会に思いを馳せたのだった。



※ 写真のポスターは文中のポスターではありません。写真上の左から、ドナルド・ブリュン、ヘルベルト・ロイピン、ルフォール・オプノの2枚(フレンチ・ポスター)

※ スイス・ポスターは1940年前後から現在に至るまで、スイス企業をパトロナージュとした、グラフィックデザイナーやイラストレーター、フォトグラファーなど数々の作家の活動の場でもありました。
縦128cm×横90cmのサイズを特徴とし、パブリックなスペースでの広告および宣伝として、効果的な伝達を競うかのように多くの作品が生まれてきました。
なかでも僕がもっとも興味をよせるのは、50年代から70年代のものです。
とくにヨゼフ・ミューラー=ブロックマンやヘルベルト・ロイピンは仕事量も多く、長い歴史の中で重要な役割を担い、マスター・ピースともいえる作品を数多く残しています。

スイス・ポスターについて、また各国のポスターや作家について、いずれさらに掘り下げて取り上げてみたいと思っています。

端正なレイアウトやヌケのよい色使い、また写真やイラストレーションとタイポグラフィーとのマッチングも特色のひとつ

スイス・タイポグラフィーの巨匠ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの作品。十数年続けたオペラハウスチューリッヒのポスター制作は彼のライフワークともいえる


back