佐藤達郎 / ステーショナリーメーカー「DELFONICS」、文房具セレクトショップ「six」「smith」のデザインディレクター。
瀬戸内生まれ。中、高、大学時代は音楽に没頭するも、アンティークやグラフィカルなデザイン小物に魅かれ、趣味が高じて現在の仕事に。
文房具を道具としてだけでなく、自らが好きな音楽やファッション、本、映画などと同列にとらえている。
商品やお店だけでは表現しきれない、なにか大切なものを閉じ込めていきたいと、2009年、当サイト「地中海の文具島」を立ち上げる。

Tatsuro Sato

「地中海の文具島」のはじまり
こどもの頃、毎年の夏を親戚の家ですごした。海辺の小さな町で、家の向こうの砂浜には、おだやかな瀬戸内の波がよせてはかえした。
山は濃い緑に覆われ、石垣の堤防、潮の匂い。まぶしい光とゆるやかな時間、それらすべてが海の記憶となって積み重なっていった。
ところがある時、砂浜は埋め立てられ、石垣はコンクリートに、堤防はテトラポットに変えられてしまう。
あたり前の様に存在していたものが消えてしまう喪失感。大切にしていたものが失われていくことの哀しみ。小学4年生にして初めて味わうその気持ちは、心の底に染みついて消えることはなかった。
小学校の前にあった文具店。いつも血気盛んな子供たちでいっぱいで、ワクワクやドキドキにあふれていた。まるで宝物さがしでもするかのように、毎朝、店内を一回りしてから教室に向かった。おそらく文具屋さんが最も輝いて見えた時代に違いない。
大人になって、いつのまにか文房具の仕事に熱中していた。多くの文房具を作り、お店も造った。しかし心の中からは、なにかそれだけではない、もっと大切なことがあるような、漠然とした気持ちが離れなかった。
その後仕事でヨーロッパの多くの都市に出向くようになった。なかでもスペインやフランス、イタリアなど、地中海沿岸の都市には引き込まれる何かがあった。歴史の重みと、温暖でおだやかな風土。どこかなつかしい魅力。その空気と光の中に身をおくと、瀬戸内の海辺の町ですごした頃の記憶が蘇った。記憶の底にはあのときの喪失感があった。そしてあるとき、それらのピースは一つに合わさっていく。
「大切に思っていたものを残していきたい」
じんわりとした衝動に駆られた。
自分が関わる文房具やお店を通してできることはなんだろう。文具店に一番活気があった頃のたたずまいや匂い、ワクワクやドキドキを伝えていけないだろうか。当時たしかにあったその魅力を、今の時代の中で再生していきたい。けっして再現ではなく、現代なりの、自分なりの解釈を添えて。
心の原風景には世代や国まで超える力があるような気さえし始めた。古くて新しい、なつかしいけど新しい刺激に満ちたモノづくり、店づくりにこだわりたい。どの世代にも通じ、世界のだれにでも伝わるような。
ずいぶん時間はかかったけれど、心の奥深くに潜んでいた、大事なことがやっとつかめたような気がした。
